織田信長に逆らった武将・荒木村重の妻・だし。
非常に美しい人だったと伝えられています。
そんな美女がなぜ処刑され首を刎ねられた?戦国時代の一大悲劇です。
ここでは、その荒木だし、その全てと、処刑されて理由を、突き詰めてみました。
荒木だし、美貌の女性!
「荒木だしが美人」だった、と書かれているのは、『信長公記』、『立入左京亮入道隆佐記』の中に見ることができます。
そこに書かれていることのほとんどは、荒木村重の居城だった有岡城の落城についてです。
『信長公記』には、「たし(だし)と申はきこえ有る美人」(だしは名の知れ渡った美人)とあり、
『立入左京亮入道隆佐記』には「一段美人にて」、「いまやうきひ(今楊貴妃)と名つけもうし候」(今の時代に生きる楊貴妃)とあります。
楊貴妃は中国の唐時代の絶世の美女のことであり、「だし」はその女性に相当するほど美しいという意味です。
荒木は織田にとって敵方な柄も、二つの文書にその美人ぶりが書かれているということは、本当に美人だったのだろう、と私は思っています。

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