玉田多江、モデルはいる?
「風、薫る」の玉田多江は、主人公・一ノ瀬りんと大家清美たちと、看護婦養成所の同級生です。
モデルがいるのでしょうか?
桜川里以(さくらがわりい)という看護婦がモデルである、ということです。
桜川里以は、慶應2年(1866年)水戸藩の生まれで、父は儒学者(朱子学)でした。
一方、「風、薫る」では、桜川里以は、玉田多江という名で、医者の娘という設定です。
史実の家柄でも、「風、薫る」の設定でも、玉田多江こと、桜川里以は、学問を身につけた、優等生タイプの女性です。
特に「風、薫る」の玉田多江は、他とはちょっと違うというエリート意識を持った、ツンデレに私には見えます。
玉田多江、看護師を目指したわけは?
玉田多江(桜川里以)が、看護婦を目指したのは、キリスト教に出会ったからです。
「風、薫る」の主人公・一ノ瀬りん(大関和)や、大家直美(鈴木雅)達と同様、キリスト教の「他人を救う」という思想に非常に感銘を受けたからでした。
玉田多江(桜川里以)は、とにかく看護婦を目指し、看護婦養成所に入りました。
玉田多江(桜川里以)が、看護婦を目指したきっかけ、それはキリスト教でした。
桜川里以の父は、明治初期に一家で上京し、桜川一家はキリスト教徒出会い、桜川一家は、キリスト教に入信しました。
キリスト教に出会って、その教えに感動し、看護婦を目指した…
その点は、玉田多江(桜川里以)と大関和(一ノ瀬りん)は、生まれ落ちた身分、キリスト教徒の出会い、など、非常によく似た点が多いですね。
玉田多江の将来はどうなる?
「風、薫る」の展開だと、最初は医者になることを夢見ていましたが、のちには、看護婦への道を進むことを決めています。
では史実の桜川里以はどうだったでしょう?
玉田多江(桜川里以)は看病婦取締に!
桜川里以は、「風、薫る」の玉田多江と、同じような経歴を進みます。
つまり、大関和(おおぜきちか、一ノ瀬りんのモデル)や、鈴木雅(すずきまさ、大家直美のモデル)と同じく、
桜井女学校附属看護婦養成所に入学し、第1期のトレインドナースの勉強をは締めます。
桜川里以の勉強も、無事進み、大関和達と同じく過程を終え、帝国大学医科大学大学第一病院に、勤務が決まります。
桜川里以は、やがて内科の看病婦取締(現代でいう、看護師長)に任命されます。
玉田多江(桜川里以)の失望?
玉田多江(桜川里以)は、看病婦取締という役職に就くものの、自分たちへの待遇に不満を持っていました。
では、明治時代は、世の中は看護婦に対し、どんな感覚を持っていたか、をここで触れてみます。
- 看護婦という職業は、召使のように思われていました。お金をもらって人の世話をする、だから「卑しい」とみられる
- 召使の延長のように思われてきたから、仕事が激務
- 激務のあまり、看護婦自身が勉強する時間が満足に取れない
- 仕事が過酷な割には給料が高くない
以上の看護婦にとっての、待遇の悪さに失望を感じたのでしょうか?桜川里以は、帝国大学の病院を辞めて、他の病院に勤め口を探します。
後ろの二つの問題点は、現代の医療現場でもあるも大ですね。
玉田多江(桜川里以)は、医療現場の問題に気がついた最初の人だったのではないか?と私は考えています。
玉田里以、転職する
その後はキリスト教系の病院に勤務し、医療や看護で多くの体験を積みます。
キリスト教系の病院といっても、以前、玉田多江がいた帝国大学のような、国立大学の病院ではなく、民間の病院ということになります。
さらに玉田多江、こと桜川里以は、自分の恩師であるアメリカ人宣教師、マリア・T・ツルーが新宿に作っていた「衛生園」という施設にも関わり合いを持ちました。
そこには、桜川里以とともに、桜川の母と弟も一緒に住み込むこととなったのでした。
「衛生園」は、単に病気の人たちが療養するだけの場所ではなく、女性達の自立を助ける施設でもあったのです。
玉田多江(桜川里以)、ハワイに?
玉田多江のモデル、桜川里以は、ついにはハワイに新たな活躍場所を見つけます。
「風、薫る」には、玉田多江のハワイ行きの設定が用意されているかはわかりませんが、玉田多江にもなんらかの転期は、おとずれるでしょう。
玉田多江(桜川里以)失意からハワイに脱出?
その経緯は、桜川里以は、日本にいることがつらくなってきたからです。
玉田多江(桜川里以)に、不幸がおそいかかります。
まずは、桜川里以と一緒に住んでいた、里以の母と弟が亡くなります。
さらに、桜川里以の恩師、マリア・T・ツルーも病に倒れ、桜川里以は恩師を看取ります。
自分の心の支えを相次いでなくした、桜川里以は、心機一転を試みて海外、それもハワイに渡ります。
恩師のマリア・T・ツルーがアメリカ人だったことが理由の一つになったのでしょう。
明治30年あたり、日本政府は、失業対策、外貨獲得を目的として、ハワイなどに日本人を労働移民させる政策を立てていました。
玉田多江(桜川里以)の活躍!
海外に日本人の労働者が増えると、その結果として日本人の病人も増える、ということで、医療関係者の募集もあったのではないでしょうか?
大切な人々を失った玉田多江(桜川里以)は、自分の心の穴を埋めるため、恩師の故国であるアメリカに行ってみたい、という気持ちが動いたのだと、私は思います。
玉田多江(桜川里以)は、ハワイ(ホノルル)で看護婦として働き、そこで同じく働く日本人医師と親しくなり、結婚し、娘が生まれます。
玉田多江(桜川里以)は、この様子から見ると、ハワイで幸せだった、と私たちは見ることができます。
玉田理恵(桜川里以)ハワイから帰国後は?
しかし、そんな幸福そうな生活は長くは続きませんでした。
桜川里以の夫は病気になり、一家は日本に戻ります。
桜川里以は懸命に看護をしますが、結局、夫は亡くなります。
桜川里以(玉田多江)の夫については、医師である、ということだけでその名前も知られていません。
夫の没後、それでも玉田多江(桜川里以)は、看護婦の仕事に戻りますが、今度は、派出看護婦として活躍します。
派出看護婦とは、現代の訪問看護、という仕事のことです。
玉田多江(桜川里以)の看護婦のあり方を見ていると、現代の看護婦の働き方は、明治時代にすでに確立していたのではないか、と私は思います。
玉田多江(桜川里以)、父からの影響は?
「風、薫る」の玉田多江は、医師の娘という設定です。
そこは、史実の桜川里以とは、違います。
玉田多江は、父に反発し、桜川里以は、キリスト教が後押ししてくれました。
玉田多江の場合は?
父の助けになろうと、医学の道に進み、看護婦を目指す、というのが看護婦養成場への入学の同期でしたが、
父から、見合いを言い渡されて、それに反発した、真剣に看護婦を職業として決めた次第です。
父からの、反発心が、玉田多江の心を大きく成長させたことになったと、私はドラマの展開について思いました。
「風、薫る」では父が、娘・玉田多江の、進路に大きく影響を与えました。
桜川里以の場合は?
桜川里以は、明治維新という政治の動きが、大きく里以の行動に影を投げかけています。
玉田多江のモデル、桜川里以の父は、水戸藩の儒学者・水野豊苦労(みずのとよくろう)です。
水戸藩は、儒学の勉学に力を入れていた藩でしたので、江戸時代が続いていけば、水野家も、儒学家の一族として、なんてことはなく続いて行ったことでしょう。
しかし明治維新がおき、水戸藩は水戸天狗党という尊皇攘夷のグループが出て、江戸幕府体制と衝突する世の中になってしまいました。
水戸藩内は、混乱状態になり、旧体制に属する儒学者、水野豊九郎は、混乱状態に巻き込まれないために、家名を桜川と変えました。
その後、桜川一家は、水戸を離れ、東京に住まいを移し、父は、儒学の学問のために、女子の教育を始めた築地女学校(のちの青山学院短期大学)の講師として、招かれました。
まさに、「芸は身を助ける」という言葉が当てはまります。
この時期に、一家は、という日本で有能なキリスト教伝道師と呼ばれるに牧師・植村正久であい、クリスチャンになります。
私が見る、史実の桜川里以という女性は、東洋と西洋の思想学を知らず知らず身につけたために、進歩的な考え方ができる女性です。
学問をベースにして身につけた、ものの考え方は、桜川里以を、非常に国際的で、慈悲心にあふれた女子とし、何があってもブレない人になった、と私は思っています。
これもある意味、桜川里以が父から譲り受けた資質ではないでしょうか?
玉田里以、キャストは生田絵梨花
桜川里以がモデルの、「風、薫る」玉田多江役には、生田絵梨花がキャスティングされました。
生田絵梨花自身、ドイツで生まれ生まれた病院の名前も「ナイチンゲール病院」ということで、生田絵梨花は、玉田多江役に、運命的なものを感じたそうです。
医師の娘という設定もあって、最初は、プライドの高いツンデレでしたが、やがて仲間との関係が変わっていきます。
生田絵梨花さん自身、玉田多江の「完璧主義」、「白黒はっきりつけてい性格」の部分が、自分が、デビューした頃に似ている、と言っています。
生田絵梨花は、乃木坂46のメンバーでしたが、アイドルをそ卒業して、ミュージカル、演劇で活躍しています。
ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」や、「レ・ミゼラブル」のコゼット役などが、とくに有名ですね。
そんな生田絵梨花が、朝ドラの中で、今後どんな活躍をするか、楽しみですね。
まとめ
「風、薫る」に登場する玉田多江のモデルは、桜川里以という実在の看護婦です。
儒学者の家に生まれ、キリスト教の「他者を救う」という教えに感銘を受け、看護婦を志しました。
帝国大学病院などで経験を積んだ後、身近な人々を相次いで失い、心機一転してハワイへ渡ります。
現地で日本人医師と結婚し幸せな生活を送りましたが、夫の病死後に帰国し、訪問看護の先駆けとなる派出看護婦として活躍しました。
現在の日本の、働き方にも影響を与えたかも?と思わせる女性です。
その女性を、「風薫る」では生田絵梨花が、キャスティングされています。

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