「逃げ若」玄蕃の素顔はイケメン?諏訪頼重との関係・モデルの正体・北条時行との仲を徹底解説

逃げ上手の若君

「逃げ若」の風間玄蕃は狐面で素顔を隠す忍びの少年。

諏訪頼重からの勧誘で北条時行の逃若党に加わり、当初は損得勘定でしたが、次第に時行と信頼と絆を深めていきます。

モデルは化け狐伝説「玄蕃之丞」と言われます。

風魔小太郎と名前が似ていますが、関係はありません。

ここでは、「逃げ若」の登場人物、風間玄蕃について、徹底的に調べました。

これで、「逃げ若」の人物について、一層、理解が深まることでしょう。

「逃げ若」玄蕃の素顔は?

玄蕃はいつでも、狐の面をつけています。

玄蕃の仮面が外れる!?

その仮面が、漫画では116話に外れます。

どんなシーンかと言いますと、

玄蕃が夏というクノイチ(忍びの者の女性の名称)と爆弾を作っている時、間違って爆発してしまい、玄蕃と夏はそばにあった、肥溜めの中に落ちてしまいます。

そこで、汚物まみれの中で、玄蕃の仮面が外れ、素顔をさらすはめになりました。

なぜ、玄蕃は、仮面で素顔を隠していたのでしょう?

それは、玄蕃は物語の中で、玄蕃は変装の名人であるため、素顔が知られてはマズイからです。

玄蕃の仮面の意味

玄蕃が、仮面として狐を使っていますが、これは、狐は化けるものの象徴として考えられていたから、「狐」を面のデザインとして選んだのではないでしょうか?と私は思っています。

玄蕃は変装の名人、隠密活動をするから、素顔が知られてはいけない、というので、普段の素顔も隠すという理由もあります。

また、仮面は、玄蕃の父の形見でもありました。

盗みを疑われ、人格も否定されての苦しい晩年であった、ということも玄蕃に仮面を付けさせている大きな理由になっています。

しかし、玄蕃はそんな父を恥じていません、その証拠が、父からの形見の狐の仮面をつけている、という事実だと、私には見えます。

「逃げ若」玄蕃はイケメン!

偶然にも仮面が取れてしまった玄蕃、イケメンでした。

一緒にいた、クノイチの夏(なつ)がしばらくぼーっとしてしまうほどに。

玄蕃の素顔は、顔だちは塩顔、つまりあっさり?そして切れ長の目の持ち主でした。

あっさり顔に切れ長の目…考えてみれば時代は、鎌倉時代末期〜室町時代。

現代とは、イケメンの基準が違い、むしろ玄蕃の素顔は、昔っぽいイケメンですね。

でも玄蕃さんは、自分がイケメンだとは思っていないようです。

「逃げ若」玄蕃、素顔を隠す意味?

玄蕃が素顔を隠すのは、忍者としての心がまえと、そして父の言いつけを、守るためでした。

玄蕃の素顔は忍者の印?

玄蕃が素顔を隠しているのは、忍者としての意識からというのが理由です。

仮面があるだけで、いかにも「忍者」というイメージが作れますね。

仮面をつけることで、忍者の任務に没頭できますし、変装の幅も広がります。

それと同時に、玄蕃は、父が盗みの疑いで追放されているところから、自分の素性を隠しておきたかったところに、仮面をつけた意味があります。

仮面には、自分の本心を隠すという利点があります。

本心を隠すということは、感情も隠すことができます。感情が見えない方が忍者として、危機に立った時も冷静な判断ができます。

玄蕃も、忍者としてのマインドが上がり、自分自身の気配を消すこともでき、忍者能力が最大に発揮させる道具、それが仮面なのだ、と思います。

玄蕃に仮面を譲り渡した父の秘密は?

玄蕃の父は、息子に「金以外は信じるな」という」考えを残します。

玄蕃の父は、かつては諏訪氏に使える身の上でしたが、諏訪の一族からは、父の技は「卑劣」と言われた上に、盗みの疑いをかけられ、

一家は諏訪を追我、そのままま失意のうちに亡くなっていました。

父は死ぬ時に、愛用の仮面を息子に託しました。

仮面と共に、玄蕃は、父の意思そして、忍者という使命を引き継いだのです。

玄蕃の銭ゲバ的性格は、父の遺言そして、父の不遇な毎日から自然と身についたものだったと私は思います。

狐の仮面は、玄蕃の過去と意思の象徴、そして覚悟でもあります。

風間玄蕃は「ふうまげんば」と読まないか?

玄蕃の苗字は「風間」と読みますが、もしかしたら「ふうま」と呼ぶことはないだろうか?

と調べたら、そのようなことはありませんでした。

玄蕃が、忍者であることから、のちの時代に出てくる「風磨一族」と関係があるのか?という感じを視聴者に抱かせました。

「ふうま」と読みそうなのは、もう一つ理由があって、戦国時代に活躍した、「風磨小太郎」と「風磨一族」は、後北条氏に仕えていました。

ここでますます混乱してしまうのですが、「後北条氏」は時行たちの「北条氏」とは違う北条家です。

後期北条氏は、北条早雲から始まった北条氏で、戦国時代1581年北条氏直(ほうじょうじなお、北条氏政の息子)で終わりを迎えました。

北条氏も違う家系で、また「風磨」一族も全然違うものです。

玄蕃と諏訪頼重の関係は?

父が仕えた諏訪氏は、諏訪頼重ではありませんが、その一族ではあったため、玄蕃は、父の事件から、諏訪氏を恨んでいることは事実です。

とは言っても、頼重は、諏訪家本家の当主。現場にとっては、父の不幸の原因としては敵の1人とも言える人物になるでしょう。

ですが2人の間には、尊敬と信頼が存在し増田。

玄蕃から見た諏訪頼重

「逃げ若」の中では、玄蕃は、特に諏訪頼重(すわよりしげ)を恨んでいる様子は見られません。

もちろん、玄蕃は諏訪頼重に対し、つっかかるところもあります。

なにしろ、玄蕃は金が全て、というポリシーの持ち主ですので、高額報酬を要求する、ビジネスと割り切っているのかな?と試聴者に思わせるところがあります。

最初、玄蕃は諏訪頼重を「変なやつ」と見ていました。

確かに、「逃げ若」の中では、キャラクターの顔立ちが、シリアスになったり、ギャグになったりと、色々顔芸の激しい人ですから。

しかし、その中で見せる、諏訪頼重の行動、つまり北条時行を主君と仰ぎ、時行の行動を諭したり、導いていく様子に、玄蕃は、諏訪頼重を優れた人物として一目置くようになります。

諏訪頼重は玄蕃をどう見てる?

諏訪頼重は、玄蕃の能力を高く買って、諏訪で盗賊をやっていた玄蕃をスカウトして、北条時行の郎党・逃若党入れました。

玄蕃は父の死後は、盗みを働いて生計を得ている有様でした、それも盗人の達人となって。

諏訪頼重は、盗賊である玄蕃を悪人とは呼ばず、盗人の技・特殊能力を持つ人物と見ていました。

玄蕃の生い立ち、性格を頼重はしっかりと認識し、玄蕃の金銭に執着する気質を認めて尊重し、付き合っています。

付き合っている、というより情報収集には欠かせない人材として、任務を玄蕃に任せています。

諏訪頼重は、こんなに玄蕃を信頼して、裏切るということを考えないのだろうか、と私は感じることがありますが、

諏訪頼重は、玄蕃の盗みを「玄蕃の職人としてのプライド」と知っています。

だからこそ、玄蕃が、北条時行たちを裏切ることは決してない、と諏訪頼重は断言できるのです。

もちろん、裏切らない、と思う信念は、頼重の「神力」のお告げもあるのですが。

「逃げ若」玄蕃のモデルはいる?

これだけ生き生きと動くキャラクター・玄蕃にモデルはいないだろうか、と探したところ、玄蕃丞(げんばのじょう)という伝説の狐に近いです。

伝説が狐になるには、その前に「狐」と呼ばれるようになったルーツの存在もうかがわれます。

玄蕃のモデルは、狐?

伝説の場所が塩尻市(長野県)で、ここは諏訪からも近く、「塩尻玄蕃祭り」というのも塩尻市では行われています。

名前・玄蕃がしっかり入っていますね。

祭りでは、参加者が狐の面を付けて踊り、まさに「玄蕃」という感じです。

伝説の狐の玄蕃之丞は、塩尻市の桔梗が原を住まいとしていた、狐の親玉でありますが、「逃げ若」の玄蕃も、桔梗が原を拠点とし、盗みを働き、手下を持っていました。

玄蕃のモデルは伝説?

狐の玄蕃之丞伝説の成立は、鎌倉時代あるいは江戸時代もと言われ、正確な成立年代は不明ですが、もし鎌倉時代だとすれば、まさに、「逃げ若」の登場人物にぴったりですね。

鎌倉時代の伝説では、幕府の御家人・玄蕃允(げんばのじょう)という人物が、信濃国(長野県)の有力者として、一帯を地頭(地方役人のようなもの)として取り仕切っていました。

玄蕃允は名前ではなく、役職であった可能性もあります。

この玄蕃允は、役人であるだけでなく、この地方の隠密をまとめる棟梁の役割も果たしていました。これは鎌倉幕府から与えられた任務でした。

隠密のことを、隠語では「狐」と呼ばれていたので、玄蕃=狐、の発想ができたのでしょう。

玄蕃允の、居住地は桔梗が原にありました。

ここで全ての、玄蕃の正体の謎が集約されている、と私は見ています。

 

「逃げ若」の作者・松井優征は、「モデルは誰か?」についての公式発表をしていませんが、玄蕃のルーツは、ほぼここで決まり、と私は言っていいと思います。

ここは「逃げ若」のファンたちにとって、聖地でしょうね。

「逃げ若」玄蕃と、時行の仲は?

「逃げ若」の中、玄蕃は、北条時行とは、お互い信頼感もあり、良い主従関係で結ばれています。

玄蕃、純粋な時行にひかれた?

だんだんと、北条時行に対しては熱い恩義、忠誠心を持って仕えていくようになります。

確かに玄蕃は、金そして自分が生き残ることに執着しており、最初の頃は、北条時行の命そのものが金になる、と見ていた、

これは、玄蕃のような育ち方をしていたら、当然だと、私は思います。

最初から、玄蕃は北条時行に忠誠心を持っていたわけではなく、最初は「世間知らずのボンボン」とみて、時行の天然ぶりをバカにしていました。

時行の「ボンボン」気質には、型破りなところがあり、そして玄蕃の持つような欲がないことがわかり、その人柄に心酔していきます。

時行が、玄蕃の持つ弱さを認め、自由に憧れる気持ちを肯定してくれる人物だということが、現場にはわかってくるようになり、「絶対無二の存在」になっていくのでした。

玄蕃・時行、仮面がつなぐ2人の接点

北条時行は、この漫画・アニメのタイトル「逃げ上手の若君」とあるように、ひたすら逃げに徹する時行の「行動に、玄蕃は感じ流ものができます。

時行は、「逃げる」という行為について「武士の恥なんて、鎌倉から逃げてきた時に捨てた」というセリフが、玄蕃の心に響いたのでした。

一方の玄蕃は生きるために、悪者(盗人)の仮面を被り、狐の顔をしている、

かたや、時行は生きるために、武士の仮面を捨てた。両者の対比が非常に面白いです。

「仮面」が2人の接点になっている、と私は思います。

まとめ

「逃げ若」の玄蕃はいつも狐の仮面をつけていますが、116話で偶然外れ、塩顔で切れ長の目のイケメン顔をさらしてしまいました。

狐の仮面は父の形見で、忍者としての心構えと素性を隠す意味があります。

諏訪頼重とは父の一件で複雑な過去がありつつも信頼関係ができています。

モデルは長野・塩尻の「玄蕃之丞」伝説と考えられます。

北条時行とは最初バカにしていたものの、次第に心酔し、絶対無二の存在になっていきました。

 

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