「ばけばけ」錦織丈、実在。モデル?ヘブン先生の教え子?秀才?経歴。兄との仲は?

NHK朝ドラ「ばけばけ」

「ばけばけ」にヘブン先生の親友、錦織友一に錦織丈という弟がいました。

錦織丈も実在の人物です。

兄と同じように、勉学好きな青年で、ヘブン先生の教えを受けることを望みますが、実際はそうなりませんでした。

錦織丈のモデル・西田精も、また兄と同様、学問に励み、地域に貢献する学者となりました。

「ばけばけ」では、兄ほど大きく活躍しませんが、その大物ぶり、ご紹介しましょう。

「ばけばけ」錦織丈は実在!

錦織丈(にしこおりじょう)は、「ばけばけ」では、錦織友一(にしこおりゆういち)の弟です。

錦織友一が実在であると同様、弟の丈も、もちろん実在の人物です。

実際の弟も、優秀な学生だった、と言いますから、兄弟で切磋琢磨して勉学に励んだものと思われます。

「ばけばけ」の中では、兄と同様、レフカダ・ヘブン先生の教え子です。

しかし、史実では、レフカダ・ヘブンこと、ラフカディオ・ハーンの生徒だったことはありません。

ラフカディオ・ハーンとはすれ違いになります。

錦織丈は実在ではありますが、設定は、ドラマのためのオリジナル設定でした。

「ばけばけ」錦織丈のモデルは?

モデルは、西田千太郎(モデルは錦織友一)の弟・西田精(にしだきよし)で、兄とは16歳離れていました。

父は、江戸時代は、松江藩の武士でした

江戸時代に武士だった人々は、かつての給料(禄)をもらうことができなくなり、生活が厳しかったです。

もちろん、禄に変わるものはありましたが、商人たちと違い、何かの労働をして対価をもらうことに慣れていないので、稼ぐ、方法に困っていました。

その良い例が、「ばけばけ」の主役の一家。

松野トキの実家では、父は絶えず新しい商売を探し回っていますし、トキの生家・雨清水(うしみず)家では、奥様が物乞いまでする始末になっています。

あるいは、錦織(西田)家のように、学問好きな一家なら、学校の師範を目指す、という道がありました。

錦織家(西田家)の、息子は2人とも学問の道を目指したのでした。

「ばけばけ」錦織丈はヘブン先生の教え子

錦織丈は、「ばけばけ」の中では、ヘブン先生の教え子ですね。

ですが、史実では違います。

確かに、西田精(錦織千太郎のモデル)は、松江尋常中学校に入学したのですが、その年(明治25年)には、すでにラフカディオ・ハーンは、熊本に移ってしまった翌年です。

西田精は中学卒業後明治二十九年、熊本の第五高等学校に進学します。

ラフカディオ・ハーンの移転作も、熊本第五高等学校だったので、これはもしかしたら、再会か?と思ったのですが。

そうはいかず、西田精が入学する年に、熊本を出て東京大学の英語講師となっています。

ここでも、西田精とラフカディオ・ハーンはすれ違いです。

おそらく、西田精(錦織丈)は非常にがっかりしたでしょう。

なにしろ、もっと年少の時から、西田精は時々、兄の使いで、ラフカディオ・ハーンのもとを訪れていたようです。

錦織丈も西田精も生のネイティブスピーカーの英語が聞けて、ラッキーな環境でした。

それが西田精の将来に役立ったかも知れません。

「ばけばけ」錦織丈、秀才?

錦織丈のモデル、西田精は、兄以上に秀才だったのではないか、と言われています。

明治29年(1896)、島根県尋常中学校を首席で卒業し、しかも卒業式で、卒業生総代となり、答辞を読んでいます。

錦織丈のことが、「松江高等学校百年史」に書かれています。(尋常中学校は、第二次対戦後、高等学校に変わった)

兄は「大盤石」と呼ばれ、何があっても学問の土台が揺るがない、という評判でしたが、結局、東京帝国大学(現代の、東京大学)には行きませんでした。

弟・西田精は、東京帝国大学工科大学に進学ができて、そこで助教授になって、というのですから、兄以上なのかも知れません。

さらに、短期ですが、ドイツ・イギリス・アメリカに留学してるので、英語のほかにドイツ語も習得している、秀才に見えます。

兄以上、というより、兄の勧めで勉強を熱心にした成果、と私は思います。

兄・千太郎は、東京帝国大学に入学できなかった悔しさを、弟に一生懸命、説明した結果だった、と、いう想像ができます。

「ばけばけ」錦織丈の経歴は?

錦織丈のモデルの西田精は、東京帝国大学に進学し、土木工学を学び、助教授になりました。

これは、兄・西田千太郎(錦織友一のモデル)の上を行きましたね。

のちに、アメリカ、ドイツ等に留学します。

大正2年(1913)には、工学博士となり九州帝国大学工科大学の教授になり、昭和12年(1937)の退職まで勤めあげます。

教授を務める一方で、上水道事業の建設に協力し、有名になり故郷・松江市の上水道の普及・改良に務めました。

上水道をどのようにしたかというと、人口増加に間に合う王に、上水道の拡張工事など、インフラに関する、西田精は研究をしていました。

さらに、西田精は、資金に困る学生のために、「学資補助基金」を設立しました。

西田精は、自分が進学の資金調達に苦労したことはもちろんのこと、何よりも兄が実家の貧しさから、勉学の道に進むことの困難さを見てきました。

だからより高度な勉学を続けたい人には、資金面での援助の必要さを西田精本人が、身をもって知っていたのだと、私は思います。

「ばけばけ」錦織丈、兄との仲は?

兄弟の仲の様子を知るような史料はざんねながらありませんが、弟、西田精は兄を目標にしていた、と感じさせるところがあります。

兄は秀才で知られていましたし、弟も相当な秀才で勉強家でした。

そこに兄への、愛情・思慕が感じられるのです。

西田千太郎(錦織友一)は、34歳で結核で亡くなりますが、その時、西田精(錦織丈)は、18歳、でした。

「ばけばけ」の中では、兄は弟を非常に大事にしていましたね。

史実でも、お互いを大事に思っているところを思わせるエピソードがあります。

西田精は、松江尋常中学校の卒業式で、兄・千太郎から直接、卒業証書を受け取っているところからです。

西田千太郎は、学校の教頭先生でしたが、卒業式では、式直前に他校へ転任になったため、代理として、証書授与となったのでした。

卒業では、西田精は首席をとっているし、校長の転任は、もしかしたら、千太郎に対する配慮だったのかも知れない、と私は密かに思っています。

西田精は首席をとり、兄から卒業証書を渡される、一方の兄・千太郎は弟の名誉に立ち会う、お互いに嬉しいことだったでしょう。

まとめ

「ばけばけ」では、錦織友一が人気を集めていますが、弟・錦織丈も負けていません。

兄と一緒に、帝大(東大)を目指す、志に燃えています。

ヘブン先生の動向で変わってしまいます。

錦織丈のモデルの人物は、それでも勉強を続け、帝大(東大)に入学し、将来は博士号をとる人物になります。

ドラマでは、兄との兄弟愛を通して、錦織丈の活躍を描き出されるでしょう。

兄・千太郎とともに、弟・錦織丈にもエールを贈りたい気分です。

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