「エリザベート」トートとは?実在、死神か?エリザベート、ルドルフとの関係?解釈は?最後の表情。髪型・衣装は?歴代役者。

ヨーロッパ史

ミュージカル「エリザベート」が、再演されています。

エリザベートとの関係で、芝居の中で外せないのは、トートの存在です。

トートとは「死」そのもので、主役のエリザベートの心の中で、絶えず「死への誘い」を訴え続けます。

トートとエリザベートとの関係を恋愛として位置付けたのは、エリザベートが死への憧れを心に抱いていたからでしょう。

ここでは「死」の象徴となあったトートの位置付けを明らかにした上で、トートの魅力をたっぷりとお伝えします。

「エリザベート」トートとは?

トートは、「死」を表す言葉です。

「エリザベート」の中では、エリザベート、ルドルフにつきまとい、絶えず「死」をけしかける存在です。

トートの意味は?

まずは「トート」という名前に注目してみましょう。

「トート」を原語(ドイツ語)で書くと、Tod で、ドイツ語での意味は、「死」です。

なぜ、死が出てくるかというと、「死」そのものが、主人公エリザベートに生涯付きまとってくるからです。

人は誰でも、生まれると同時に、死への歩みを始めるのですが、エリザベートの場合は、「死」に取り憑かれたような行動が見られるからです。

まるで、自分の死場所をずっと探しているような、そんな感じがしてきます。

確かに、エリザベートは、王族に連なる一族に生まれ、皇帝にみそめられて結婚し、皇妃になり、輝かしい人生を歩んでいるように見えます。

しかし、その心の中は絶えず不安におびやかされており、他人から見ると、エリザベートの行動は不可解に見えます。

そのエリザベートを、脅かす存在として、「死」つまりトートが役づけられているのです。

「エリザベート」でのトートの役どころ

「エリザベート」の芝居では、トートはエリザベートに恋する役で、エリザベートをなんとしても手に入れたい、そう思い続けています。

幼い頃のエリザベートの死の直前に出会い、そのまま死の国へ連れて行こうとしますが、その時に恋をします。

死を具現する人物なのに生身の人間に恋してしまう、とはなんとも皮肉な話です。

エリザベートを、一度、生きる者の世界に帰したのですが、その真意は、自分は全てを支配する死なのだから、エリザベートなどいつでも手に入れられる、とでも思ったからでした。

ちょっと「俺様」的人物で、見方によっては、トートはエリザベートのストーカー?

芝居では、ずっと影のように振る舞い、人間の命を支配する、人は誰であろうと死を逃れることができない、というのがトートの思想です。

舞台では、全身黒づくめのトートダンサーをいつも引き連れており、彼らの踊りは、常にトートの心の動きを表しているので、必見です。

トートダンサーは5人います。

「エリザべート」、トートは実在?

トートは確かに架空ではあります。

しかし、トートは、エリザベートの心のメタファーつまり、代弁している存在なのです。

死 イコール トートは、エリザベートの内面であり、裏表でもあります。

「トート」は「エリザベート」の中で、実在と架空が合体したような存在、と言っていいでしょう。

ここから考えると、「トート」はある意味エリザベートの一部で、「エリザベート」という芝居の、主役でもあるのです。

だから、トートはある意味、実在でもあるのです。

「エリザベート」トートとは死神?

エリザベートの心のうちにずっと住み着いていた、死への恐怖、いや憧れだったかもしれない?

トートはそれなら、死神のような存在でしょうか?

エリザベートを、そしてその息子のルドルフを死に誘うところは、確かに死神です。

死神のイメージは、黒い衣装を身に纏った骸骨、そして手には大きな鎌を持ちそれで、人の命を断ち切る、という恐ろしい存在です。

しかしトートは、とびきりの美青年。従来の死神のイメージとは違います。

美しいからこそ、人は惹かれる。

常に、死を意識している人には、死神は美しく見えるのです、それが死を望む人の心の救済だからです。

このような死生観は、世紀末の厭世主義をよく表しているような気がします。

「エリザベート」トートの解釈は?

トートは、「死」を象徴する存在ですが、その解釈は、日本と、西洋では違ってきています。

この違いが、ミュージカルの中ではどのように反映されているでしょう。

日本の場合のトート

日本では、「黄泉(よみ)の帝王」 として描かれています。

死者の世界の王ですが、死が生身の女性に恋するのは、ある意味、背徳感があります、つまりルール違反。

トートの恋をもっとロマンチックに扱ったのが宝塚版の「エリザベート」です。

宝塚の場合は、男役を魅力的に描くのが法則ですので、それは当然の流れになります。

ウィーン版のトート

あっさりと、「死」そのものの存在です。

ウィーンでのミュージカルの脚本には「ロックスターのような」ト書きがあり、若く、生き生きとしエネルギッシュなトートです。

そこから私がイメージしたのは、シューベルトの歌曲に出てくる「魔王」です。

シューベルトの「魔王」は最初は、優しい声で少年を死へと誘いますが、少年が怯え切っていると、容赦無く、死の世界へと連れ去ります。

これにはヨーロッパ人の持つ死のイメージにも関係しています。

「死」は14世紀あたりに、ペストがヨーロッパ中に流行し、人々が死と隣り合わせになっていた時代に、擬人化されました。

それは「死の舞踏」と呼ばれ、骸骨などが踊りながら生きている人を連れていってしまう絵に、ヨーロッパ人の考え方が表れています。

ペストの時代に生まれた考えは、「人生はいつでも死と隣り合わせで、油断をすればたちまちあの世に連れ去られてしまう」でした。

「死」であるトートが連れ去ろうとしていた人物は、若く美しい、これから生の美しさ、エネルギーを感じようとしているエリザベートです。

ここに、若さと死の、皮肉とも言える組み合わせがこの芝居の緊張感を盛り上げます。

「エリザベート」トートとエリザベートの関係は?

トートは死、または死神。そしてエリザベートはその被害者、という関係になります。

しかし、トートがエリザベートを愛してしまったことから、この芝居の本質が見えてきます。

エリザベートを生かす、トート

エリザベートが幼い頃、ブランコから落ちる事故にあい、生死をさまよいます。

その時、エリザベートは死ぬ運命にあって、トートはエリザベートを死の世界に連れていくつもりでした。

しかし、トートはエリザベートを愛してしまい、エリザベートを生かしておきました。

「死」が生身の女性を愛する、それなら即座にそのまま老舗かいに連れ去っていけばいいのに、と思いますが。

そうしなかったのは、エリザベートの将来を、トートが見続けたかったでしょうか?

しかし、エリザベートがオーストリア皇帝 フランツと恋に陥ってしまった、というのは、トートは想像していなかったのではないでしょうか?

トート、再びエリザベートの前に!

エリザベートがオーストリア皇帝フランツとの婚礼の日に、トートはエリザベートの前に姿を現します。

ここで、トートは、このミュージカルでも屈指の人気曲「最後のダンス」を歌います。

トートは、エリザベートに、「いつかお前を連れにくる」と言い放ちます。

これを聞いて、エリザベートは怯え、夫 フランツに助けを求めるのですが、エリザベートが望んだ助けは得られなかったのです。

ここからエリザベートの苦悩は始まるのですが、その苦難の日々は、トートが仕組んだのでは?と思わせられます。

エリザベートは、姑からの厳しいお妃教育を受け、夫からの思いやりも想像したようなものではあありませんでした。

その結果、エリザベートは心を蝕まれて、放浪の旅を続け、やがては暗殺者の手にかかって命を落とします。

これこそが、まさに、トートの望んだこと、これで、エリザベートは永遠にトートのもとに来たのです。

「エリザベート」はトートのエリザベートへの想いのための芝居、と私は思います。

西洋の、中世から流れる世界観「死の勝利」がここに感じられます。

「エリザベート」トートとルドルフの関係は?

トートとルドルフのからみが、芝居の中には出てきます。

ルドルフもトートに惹きつけられ、またトートもルドルフを愛した、関係です。

美男子同士の絡みで、観客はドキドキしますね。

トートが愛したルドルフ

この場面の演技から、トートはルドルフがエリザベートの息子だから愛したのではなく、ルドルフの持つ死の予感に、惚れていました。

ルドルフが母の愛に飢え(ソフィーの手で、エリザベートから離されている)、孤独なところをトートにつけ込まれた(?)ような感じです。

ルドルフがトートにひかれた理由?

ルドルフは、性格的に母親似で、芸術を愛し繊細な性格でした。

ルドルフはエリザベートとオーストリア皇帝 フランツとの間の皇子で、オーストリアの皇太子であるため、父や祖母 ソフィーから期待され厳しい帝王教育を受けさせられます。

ルドルフもまた母と同じように、型にはめられた窮屈な、宮廷生活、皇帝への道にうんざりしていました。

ルドルフは、この世でのことすら嫌になってきた様子が伺えます。

だから、トートを受け入れ、最後はトートのキスにより、命を絶たれます。

死神のキス、これが死への誘いです。

史実のルドルフは、「エリザベート」とは違い、政治的に父と合わず反抗もしばしば。

最後は、妻以外の女性に惚れ込んで、その女性と一緒に拳銃自害をし、命を落とします。

ルドルフの死は謎が多く、政治的な犯行も考えられています。

史実のルドルフに関してはこちらの記事をお読みください。

「エリザベート」トート、最後の表情?

「エリザベート」のラストは、エリザベートが暗殺者により、命を落とすのですが、その時に見せるトートの表情が、この芝居の全てを表すため、非常に大切なシーンです。

芝居の演出側からの意図、トート役のトートの捉え方によっても違った見え方をするので、ぜったに見逃して厳禁!

エリザベートの方は、自由になれた、という気持ちから微笑んで死を迎えます。

一方のトートは、エリザベートが永遠に自分のものになったという喜び、エリザベートを助けられる満足感から、笑みを浮かべてはいるのですが。

同時に、単に喜んでいるだけの表情をしておらず、時には、冷たく、鋭く見える表情をします。

その理由の一つとして、エリザベートは実は誰も愛していなかった、だから、エリザベートが死の世界に行くことによって、トートのものになるわけではない、という解釈があります。

宝塚の「エリザベート」での解釈は、最後、エリザベートとトートは愛し合って結ばれる、という結末になっています。

東宝版の「エリザベート」では、幸福な結末という解釈はとっていないので、その点が最後のトートの表情に、しっかりと表れているのだと思います。

いずれにせよ、トートのラストの表情は観客の心をしっかりと捉えることでしょう。

「エリザベート」芝居、観劇の情報

芝居の時期は?

「エリザベート」は2025年の日程は次のようになっています。

全国主要4都市での公演が予定されています。

東京 東急シアターオーブ    2025年10月10日(金)〜11月29日(土)

札幌 札幌文化芸術劇場hitaru  2025年12月9日(火)〜12月18日(木)

大阪 梅田芸術劇場メインホール 2025年12月29日(月)〜2026年1月10日(土)

福岡 博多座          2026年1月19日(月)〜1月31日(土)

 

公演期間が長いので、チケットの販売がまだの都市もあります。また、先行売りが終わっている地域でも、チケットが残っている場合があります。

これからの観劇を考えておられる方は、各劇場にお問い合わせすることをオススメします。

芝居の時間

上映時間は、3時間5分ほどで、その後にカーテンコールがあります。

2幕構成で、1幕と2幕の間に約25分の休憩時間が入ります。

1幕、2幕とも、75分〜80分ほどの時間です。

マチネの場合は、13時に始まれば、16時過ぎの終演、ソワレ(夜公演)18時に始まると、21時過ぎになります。

まとめ

「エリザベート」のトートとは、死をのものを意味する死神を思わせる役です。

ですがトートに、エリザベートへの恋心を持たせることで、エリザベートの行動の全てを決定づける、非常に重要な役割を果たしています。

トートがエリザベートそのものの内面だった、という可能性を表すことで、「エリザベート」という芝居をより深いものになったのです。

しかもトートはとびっきりの美青年の姿で、描かれているためより一層、観客の目を惹きつけます。

トートという存在から、芝居を見よう、という気分にさせる、魅力的なキャラクターでした。

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