「ダポンテ」は劇作家!妻ナンシーの人柄。モーツァルトと出会い。その後は?

「ダポンテ」って誰でしょう?「モーツァルトの影に隠れたもう一人の天才」と副題がついていますが、モーツァルトに関係があるっていうことなのでしょうね。

妻、ナンシーは献身的に夫に尽くします。しかし結局は・・・どうなるのかハラハラします。

副題のモーツァルトとは、絶妙なコンビを組みます。どんなことが起こったでしょうか?ダ・ポンテとモーツァルト・・・似たもの同士だったのでしょうか?

音楽劇、と言われているところにご注目ください。ミュージカルとは少し違います。

ダポンテとは

イタリア出身の詩人で、台本作家です。ダポンテ、と書かれていますが「ロレンツォ・ダ・ポンテ」という名前で、ダがついた姓はポンテです。1749年〜1838年、89歳の生涯でした。

苗字の前に「ダ」がつくなんて貴族?なんて思った方もいらっしゃたたかもしれません。

貴族ではありませんが聖職者になりました。

元はユダヤ系、本名はエマヌエーレ・コネリアーノ。ですがキリスト教に改宗し洗礼を受けましたが、その時の司教の名前がロレンツォ・ダ・ポンテだったのです。

司教な名前をもらったエマヌエーレは、ロレンツォ・ダ・ポンテという名の聖職者となりました。

せっかく聖職者の仕事についた、ダ・ポンテ、実は快楽大好き人間だったのですね。ヴェネチアで働いていたのですが、都会の雰囲気に酔って、毎日にように放蕩に明け暮れて、追放されてしまいました。15年間の追放ということなのですが、追放の間に僧侶はやめて民間人に戻ったようです。

ここまで見てくると、いい加減な人物にも見えてきます。

ダポンテとナンシー

ナンシーはダ・ポンテの妻です。イギリス女性でアン・グラールと言いました。ナンシーはアンの愛称です。英語圏ではよく使われる愛称です。

1792年に結婚しました。ダ・ポンテがウィーンを追われた後です。ダ・ポンテは結婚を機にパリで仕事をしようとしましたが、ちょうどフランスの政情が不安定(フランス革命)で断念します。

結局、ロンドンで、オペラ台本を書く仕事を得ました。これも妻、ナンシーがイギリス人だから決断しました。実際、何作か書きました。

ですがイギリスもフランス革命の影響を受けて経済状態が悪くなると、ダポンテは仕事を失います。

ナンシーは献身的な女性で、コーヒーショップを開いて生活を支えます。やがてナンシーは、アメリカに行った自分の親戚の元に行きました。仕事にムラのある夫に疲れてきたのです。

ここで心機一転、ダ・ポンテもナンシーを追って、新天地アメリカ息を決意しました。しかし、アメリカに向かう船でギャンプルにハマり、無一文に・・・!

当時のアメリカは田舎で、劇場などどこ吹く風、でした。ダ・ポンテは当然文筆業はできません。仕方がないので商売を転々としましたが、何をやっても全くうまくいかない。

ついに、ナンシーに愛想を尽かされます。それでも離婚するでもなく、呆れながらも夫婦生活を続けていました。いくら献身的と言っても、だんだんと生活がひどくなると、我慢できなくなります。

ミュージカルでは、年老いたダ・ポンテが、病気をなった妻、ナンシーを介護しつつ過去の回想に老ける、ところから始まります。

ダ・ポンテもナンシー抜きでは生きていけなかった人生でした。

ダポンテとモーツァルト

ヴェネチア追放後、ダ・ポンテはウィーンに移住します。そこでサリエリに出会います。

そして台本書きに才能がある、と見られてウィーン宮廷で詩人としての職を得ます。時のオーストリア皇帝はヨーゼフ2世。マリー・アントワネットのお兄さんです。

どうしてサリエリに気に入られたのか・・・?1780年代、ウィーン宮廷ではドイツオペラに傾きつつあった、音楽事情が、またイタリアオペラを懐かしむ動きが上がっていました。そこでうまくツボを当てたのでしょう。サリエリもイタリア人でしたから、ちょうど良く仕事があったのです。

ただ、1790年、皇帝ヨーゼフ世が亡くなると、ダ・ポンテは宮廷で不興を買い、また追放となるのでした。サリエリを批判した、ことも原因の一つでした。ここから見ると、ダ・ポンテは言いたいことをズバズバいう人物だったようです。

しかし、ウィーン宮廷でサリエリと共にモーツァルトと出会ったことは。ダ・ポンテにとって非常に名を上げるきっかけになりました。

モーツァルトも大変奇抜な人物で、音楽に新しいスタイルをもたらした作曲家だったので、ダ・ポンテとは良いコンピを組めたのではないかと思います。

破天荒に見えるところ、言いたいことをズバズバいうところも似ているのでは?

ダポンテ三部作

三部作というのは、モーツァルトと組んでの作品です。

  • 1786年「フィガロの結婚」
  • 1787年「ドン・ジョバンニ」(人の名前、ドンファンのこと)
  • 1790年「コジ・ファン・トゥッテ」(邦題:女はみんなこうしたもの)

どれもモーツァルトの人気あるオペラです。今でも人気があり、この3作が城砦されるとチケットが飛ぶように売れます。

えっ、「フィガロの結婚」ってボーマルシェじゃなかった?と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、ボーマルシェは戯曲の作者です。

1778年の作品で、書かれて約10年後にオペラになりました。「フィガロの結婚」の芝居は、貴族を風刺していると言われ、フランスでは上演が禁止されることもありました。

しかしオペラの方は、モーツァルトが一生懸命に音楽の素晴らしさを訴えて、ウィーンでは上演されました。

オペラの成功は、ダ・ポンテの台本がうまく貴族を馬鹿にするような点を消しているからかもしれません。実際オペラを見て、「これが風刺だったんだろうか?」と考えてしまうほどです。

「ドン・ジョバンニ」は、ドン・ファンがモデルということで、案外、快楽的思考のダポンテの好みも反映されているかもしれません。

ダポンテ 音楽劇

「ダポンテ」は音楽劇です。では、音楽劇とはなんでしょう?ミュージカルとは違うのでしょうか?

ミュージカルはオペラと似ていて、セリフそのものが歌です。特に感情の高揚が現れるとことは、タイトルの付く歌が入ります。オペラでいう「アリア」と同じ役割です。

一方、音楽劇は、セリフはほとんと演劇。ただし、ストーリーの盛り上がるところには歌が入ります。

音楽劇の方が挿入歌的な歌の入り方ですが、音楽劇、ミュージカル、どちらも出演する役者さんには歌唱力が必要とされます。

あらすじ

主人公、ロレンツォ・ダ・ポンテは詐欺師として登場します。

老齢になったダ・ポンテ。同じく老齢で病気の妻、ナンシーを世話する場面から始まります。

そこから若い時の回顧に入ります。素行の悪さからヴェネチアを追放され、ウィーンで活躍を始めます。

ウィーンではサリエリに出会うも、書いた作品が失敗。挫折する中、モーツァルトで出会います。そして二人の才能が炸裂し、次々と後世に残るオペラを作り上げます。

ダ・ポンテは、二人の天才・・と最初は思っていたのですが、途中で気づきます。モーツァルトは生まれながらの天才、そして自分は自称天才と。

そして。どうなっていくのでしょうか・・・・

ダポンテ三部作、「フィガロの結婚」、「ドン・ジョバンニ」、「コシファントッテ」などの制作裏話的な、ところも出てきます。

キャスト
  • ダ・ポンテ・・・海宝直人(かいほうなおと)
  • モーツァルト・・・平間総一(ひらまそういち)
  • サリエリ・・・相葉裕樹(あいばひろき)
  • 皇帝ヨーゼフ2世・・・八十田勇一(やそだゆういち)
  • ナンシー・・・田村芽実(たむらめいみ)
  • コンスタンツェ・・・青野沙穂(あおのさほ)

男性は、俳優、歌手、声優、などミュージカル経験も豊富な出演者たちです。

一方女性は、アイドルグループの出身が多いですが、アイドル達もレッスンを重ね、それぞれミュージカルスターへの道を着々と歩んでいます。

出演者のコンピネーションから、どんな芝居が生まれるか、楽しみです。

「ダポンテ」舞台

作・・・大島聡美

音楽・・・笠松泰洋

演出・・・青木豪

モーツァルトの曲も形を変えて出てくるみたいです。こちらもどのようなアレンジなのでしょう?

劇場は、シアター1010(北千住)、東京建物Brillia HALL、日本特殊陶業市民会館ビレッジホール(愛知県)、新歌舞伎座(大阪府)です。

「ダポンテ」感想は・・

出演している役者さんのファンが多く、その演技や歌に人気が集まっています。

ダポンテ役の、海宝直人、さんが人気です。

その歌い方も好評です。

全体的にはもう少し、貴族っぽい言葉使いなどあった方が良い、という意見もあります。

サリエリ役の、相葉裕樹さんは、むしろモーツァルトの方がいいのでは、という方もいました。

若々しく、ちょっと奔放なところがある声だったのかな?

ダポンテの「逃げろ!」とは?

「ダポンテ 〜モーツァルトの影に隠れた王一人の天才天才〜」とは違う、ダポンテを主人公にした舞台、音楽劇「逃げろ」です。

ダ・ポンテは聖職者でありながら、とんでもない生臭坊主です。ロレンツォ・ダ・ポンテの逃げまくりの人生を描いた音楽劇です。

飲む、搏つ、買うの悪行に耽けるダ・ポンテ。絶えず借金取りから逃げ回っています。

ウィーンに来て、「自分は天才」と名乗り皇帝に召し抱えられます。宮廷でモーツァルトに出会い、一緒にオペラ制作の仕事をします。が、本当の天才とは、モーツァルトのこと・・・と思い知ったダ・ポンテは・・・その違いに悩みます。

しかし、皇帝が亡くなると・・・また逃亡生活に陥るダ・ポンテでした。

より詐欺師的なイメージを全面に打ち出したお芝居です。そして、ダ・ポンテとモーツァルト二人の関係を特にクローズアップさせた音楽劇です。

ロック調の音楽に載せた音楽劇。役者さんには若々しさと、軽薄にも見える軽快さが要求されると思います。

ダポンテ、映画

「ダポンテ」を扱った映画があります。2009年、イタリアとスペインの合作です。

監督はスペイン人のカルロス・サウラ。カルロス・サウラは2023年2月に91歳で亡くなりました。

サウラはスペイン人だけあって「カルメン」やフラメンコを扱った映画が多いのですが、このように華やかな映画もあるのですね。

映画「ダポンテ」の副題は、『天才劇作家とモーツァルトの出会い』、と言います。

内容は、ダポンテは不良行為のため、自分の生まれた土地、ヴェネチアを追放されウィーンにやってきた。そしてモーツァルトと出会う話です。

モーツァルトとダポンテは共同して、オペラ「ドン・ジョバンニ」を作る過程に焦点を当てた映画です。

時代背景を忠実に写した映画ですので、セットや衣装が豪華絢爛で美しいです。ヨーロッパ映画は、ハリウッド映画とは異なり、華やかな背景を映し出しても、作品全体には光と影の両方が映し出さています。その陰影が美しいです。

視聴者には影の中から映画の真髄を見つけるのです。

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